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2004-10-12 (Tue)

28歳のチック・コリアを・・・ (やぱJa その6)

コンプリート・ナウ・ヒー・シングス・ナウ・ヒー・ソブスコンプリート・ナウ・ヒー・シングス・ナウ・ヒー・ソブス
(1995/04/26)
チック・コリア

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昨日は家人が出かけて誰もいない家の中に一人で雨にとじこめられていた。
何かリリカルなJazzが聴きたくなって、でも重くるしいのは嫌だなんて思いながら手持ちアルバムを漁り、近ごろとんとご無沙汰しているなぁと思いつつ選び出したのがチック・コリア初期の頃の名盤「ナウ・ヒー・シングス,ナウ・ヒー・ソブス」だった。

"歌ってるかと思えばもう泣いてる"とでも訳したらいいのか、いやいや、かの故植草甚一氏は"悲喜こもごも"って名意訳をつけてたっけかと思い出しながら最初はBGMのつもりでかけたんだけど、イントロが始まったとたん、こりゃちゃんと聴かにゃと耳を傾け始めた僕だった。

僕はけっしてアマチュアJazz評論家ではないからいちいち、この曲は云々、この頃のチックコリアは云々・・・なんてことは書けないけど、僕的に言えば、このアルバムの最大の美点は最初から最後まで飽きないで聴ける、楽しめるってことだね。
変化にとんだ完成度の高い1曲1曲のつながりが実にストーリー性に満ちていてアルバム全体をおおっているし、曲名のつけ方もなかなか考え抜かれていてお洒落なんだ。それにこのアルバムはトリオセッションだから、タッチは柔らかくやさしいのに粒立ちが良いチック・コリアのアコースティックな音がひときわリリカルでクールにフィーチャーされるんだよね。ドラムスのロイ・ヘインズ、ベースのミロスラフ・ヴィトスが当時の僕のお気に入りだったてこともあるけどさ。

このアルバムの初出は1969年、ソリッドステート・レーベルからで実質的には彼のリーダーアルバム第1作と言っていいんじゃないかなぁ。当時彼は28歳、直前にはスタンゲッツのメンバーでその才能に脚光を浴びつつあった時代で、最初からこんなに完成度の高いものを出して後が続くのだろうかと心配になったことも懐かしい。
この後、チック・コリアはドイツECMレーベルから初期には「サークル」に代表されるアバンギャルドへの試み、試行錯誤の末、ECM後期にはメジャーブレイクした「リターン・トゥ・フォーエヴァー」によってフュージョン系Jazz先達者の一人にもなったんだけど、この「ナウ・ヒー・シングス,ナウ・ヒー・ソブス」ってアルバムを聴きこむと既にその萌芽も窺えるよ。

実は僕はチック・コリアにはかなりの思い入れがあって、それは高2か高3だったかうろ覚えなんだけど生まれてはじめて行ったJazzコンサート、新宿の厚生年金ホールだったかな。当時、クールジャズの巨人からボサノバ・ジャズの巨人にすっかり生まれ変わっていたスタン・ゲッツのコンサートで、その時つきあっていたボサノバ好きの彼女と一緒に行ったから、今でもとても印象に残っている。
で、その時のピアニストがチック・コリアで、それまで僕は彼を知らなかったんだけど、一家を構える前のチック・コリアをすっかり気に入ってしまっていたんだ。
だから'69年のこのアルバム「ナウ・ヒー・シングス,ナウ・ヒー・ソブス」が出た時は"まってましたぁ~♪"って感じだったしその後もずっと彼のことはトレースしていた。
でも「ライト・アズ・ア・フェザー」の頃からちょっと遠ざかってしまったけどさ・・・。
だけどさ、今もなおバイタリティを失っていない金看板Jazzミュージシャンの一人の音を、デビューから現在に至るまでリアルタイムで聴けたってことは幸せだったと思うよ。

チック・コリアのファンならこのアルバムのことはもう知ってるとは思うけど、他のJazzピアノ好きもぜひ聴いてほしい1枚だね。
ロートレックが飾られた部屋でグランドピアノと対峙するチック・コリアのジャケ写も渋くていいじゃあ~りませんか。

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テーマ : JAZZ / ジャンル : 音楽

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